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国語の現代文といえば、評論小説の2つがある。

 

この記事を読んでいる皆はどっちのほうが得意だろう?

 

どちらかというと、小説が苦手な人が多いのではないだろうか。

 

模試などで小説の点がなかなか取れないという人は、「主人公の心情が全く分からない」という人もいるだろう。

しかし、「なんでこっちが正解なの!?」自分の考えていた主人公の心情と正答として挙げられている心情に乖離がある人が比較的多いと思う。

 

受験期は私もその一人だった。昔から小説はよく読んでいたので、小説文など恐るるに足らんとイキがっていたら、案の定「なんでこっちが正解なんだよ!?」となってしまった。正解とされている答えがなぜ正解なのか、理解できなかった。

 

このような事態に陥ってしまうのには大きな原因がある。

特に私のように小説や本を多少かじっている、という人ほどこのような問題に直面する傾向にある。

 

今回は、小説を解くうえで特に重要なポイント、コツを見ていこう。

 

評論と小説の違い

 

評論と小説の「解き方」には、相違点と共通点がそれぞれ一つずつある。

 

まず相違点について。

評論は、接続詞や共通するワード(言い換え)などが割とあからさまに記されているので、システマチックに解くことができるのが特徴だ。

 

だから、解き方のコツを掴んでいると“解きやすい”部類に入る。

 

ただ難関私大を受験しようと思うと、評論文で頻出の「現代語」を覚えていないと文章自体の理解に苦しむ事もあるので、早慶を狙うなら評論読解のコツのほかに現代語を覚える必要がある。

 

これに対して小説は、そのほとんどにおいて「心情の変化」が問われているのだが、その「心情の変化」が非常に見えづらくなっているというのが特徴だ。

 

小説の問題を難しくしているのはひとえにこの「見えづらさ」である。

 

評論は「これの言い換えはこれ!」と言葉をつないでいくことで文構成が見えてくるのだが、小説は物語の途中でまったりとした、意味深なセリフが多数挿入されたり主人公の謎の行動、さらには比喩表現などで心情変化が上手く隠されている。

 

これが小説の良さ、奥深さではあるのだが。

 

 

ところで評論と小説の共通点とは何だろうか。

 

当たり前だと思うかもしれないが、評論も小説も本文の中にしか答えはないということである。

 

実はここに小説を読む上での最重要ポイントが隠されている。

小説を読解する際の最重要ポイントとは?

 

「本文にしか答えはない」ということは裏を返せば本文に書かれていないことは絶対に答えにならない」ということである。

 

例えば「―とありますが、この時『私』はなぜこのような行動をとったのですか」というような問題があったとき、あなたは「主人公の気持ちになって」考えてはいないだろうか。

 

これが一番よろしくない小説の解き方である。

 

先ほど述べたように、「本文に書かれていないことは絶対に答えになり得ない」のだから、勝手に主人公になりきって考えた気持ちが答えになるはずがないのだ。

 

私が小説の問題を解いていて、解説を読んだとき「なんでこっちが答えなんだよ!?」となってしまった理由はここにある。

 

小説を読むのは得意だと調子に乗って、本文に書かれてもいない「主人公の心情」を自分の想像でソンタクして考えていたのである。

 

そして小説の読解問題、特に記号選択式の問題でタチが悪いところは、「主人公の気持ちになって考えたら選ぶであろう間違った選択肢」をちゃっかり用意してあるということだ。

 

まんまと問題制作者の罠にひっかかり、後々解説を読んで悶々とする羽目になる。

 

だからこそ選択肢問題は非常に気を使わなければいけない。

 

 

さて、ここらあたりで“小説の読解のポイント・コツ”はなんとなく見当がついてきた頃ではないだろうか。

 

小説を読解する際は、「絶対に主人公になりきらない」ことが最も大切だ。

 

もし今まで「主人公になりきって」小説を読解していたとしたら、まずここを直してみよう。

そうすればかつての私のように“ひっかけ”にかかる事はぐんと減るだろう。

 

 

それと、小説を読解するうえでもう一つ意識しておきたいことがある。

 

 

例えば「私が『ありがとう。』というと、彼女は何も言わずに静かに笑った。」という文章があったとしよう。

この文だけ読んだら、いたって普通の、日常のワンシーンのような感じがする。

 

 

では、この文章の前に「白い部屋の隅で、白いベッドに横たわる彼女の手を握り」という描写があったら、どうだろう。

んだか急に雰囲気が重苦しくなったのではないだろうか?

 

このように「笑う」という描写も、前後にある情景描写や景色などで大きく意味合いが変わって来ることがわかる。

 

つまり、小説読解ではこの情景描写というのが非常に重要なのである。

これが読み取れていないと大変見当違いな答えを生み出してしまうことになる。

 

何度も書いてきたのでそろそろ耳タコになってきたかもしれないが、「本文以外に答えはない」のだ。

 

しかしいくら「主人公になりきらない」といっても、いまいちピンとこないかもしれない。

 

では、具体的にどのようにして客観的な立場で小説を読解できるようになるかについて見ていこう。

 

小説読解の具体的なコツ

 

小説を読解するならやっぱり小説をたくさん読まないといけないんじゃないの、と思うかもしれない。

 

これについては一概にすばらしい対策とは言えない。

 

小説を(読解問題ではなく)読むときは、主人公に感情移入したり物語にどっぷりつかっていた方が100倍楽しむことができる。

この面白さにとりつかれてしまうと、いざ実際読解問題を解くときにも感情移入してしまいがちになってしまう。

 

この点では注意が必要だ。

 

しかしいろいろな小説に触れると、主人公の心情変化や背景描写にちょっとずつ敏感になっていく。

 

例えば高校3年生であれば、梶井基次郎の「檸檬」という小説が教科書に載っているのを見たことがあるのではないだろうか。

 

所見では主人公がただの檸檬爆弾野郎にしか見えないかもしれないが、試しに何回か真剣に読んでみてほしい。

 

すると京都の、何とも言えない粋で、どこか哀愁の漂う街並みが浮かんでこないだろうか。

 

それと同時に、主人公の「心の動き」というものが見えてくると思う。

 

初めは「えたいの知れない不吉な塊」が心を押さえつけていたといっているのに、だんだんとそれが昔の自分や思い出の回顧になり、クライマックスでは興奮を覚えている。

 

小説に多く触れると、このような心理描写に強くなっていくことは確かだ。

 

今年受験生、という人は悠長に小説など読んでいる暇はないと思うが、その場合は模試などで出てきた小説などをちょっとじっくり読んでみると「勘」、言い換えれば「センス」が磨かれていくだろう。

 

時間がある高校1年生や2年生なら、教科書に抜粋されている物語の文庫本を買って読んでみるといいだろう。

 

ちなみに梶井基次郎は心情描写が非常に緻密なことで有名だ。ぜひ読んでみることをお勧めする。

 

 

そして実際に問題を解くときだが、「主人公になりきらない」ために、極論だが小説を評論文として読む意識を持ってみよう。

 

言い回しや多分に含まれる背景描写のせいで評論と小説は全く質の違う問題だと思えてしまうが、結局小説も傍線部の前後にヒントが隠されていることが多いのだ。

 

ただ評論よりも全体の流れを意識する必要がある。

 

意外と心情の変化は文の中盤あたりから文末までの長い間で移り変わることがあるので、心情描写があったらとりあえずマークしておくことが大切だ。

 

またセンターのような記号で答える問題形式であれば、その選択肢の文章から逆算して解くこともできる。

 

例えば、先の例で「私が『ありがとう。』と言ったのはなぜですか」、という問いがあったとしよう。

 

選択肢で「病気の彼女がいとおしく思えたから」というものがあったら、病気の彼女をいとおしく思ったような心情描写があったかどうかを本文で確かめる。

 

ここで自分が感情移入して、彼女をいとおしく思ってしまってはいけない。

 

本文にそのような心情が書いていなければ無慈悲にその選択肢ははねてしまおう。

 

このように小説読解を進めていけば、「なんでこっちが正解なんだ!」というようなミスは無くなっていく。

 

単純に心情の移り変わりを読み違えたのであれば、その都度解説で確認していこう。

純な読み違えなどは回数を重ねれば「センス」が磨かれてミスが減っていくから安心してほしい。

 

まとめ

小説読解の一番大切なポイントは覚えていただけただろうか。

「主人公になりきらない」

ということだ。

また次点で「背景描写・心情描写はとりあえずマーク」することも挙げた。

 

これらを意識して、小説読解に取り組んでほしい。

そして大学受験が終わった暁には、思う存分小説の世界に浸かってほしい。