日本の戦争は侵略戦争だったのか?正しい歴史認識を植え付ける教育とは。

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私は右でも左よりでも無く、正しい歴史認識を植え付ける教育が現在の日本には必要だと思っている。

海外での生活を1年間ほどしてみて感じたことは、

日本人ほど自国に興味がなく、歴史を知らない学生はいない

ということだ。

 

どの国の学生であっても、少なからず自国の歴史について知見があり、

ストーリーとして相手に伝えることができる。

   

いわば、自国の歴史を線として捉えていることができているのだ。

それに対して、詰め込み教育の弊害か、はたまた自国の過去の恥を晒さないための国策か、あるいは他国からの都合の良いお利口さんとしての道を歩まされた結果なのか、

日本の学生は日本の歴史を点としてしか捉えられず、

『五・一五事件で犬養毅が殺された』

くらいにして、覚えていない学生が溢れているのだ、いや、五・一五事件すら知らない学生の方が増えているかもしれない。

 

私自身も大学受験の時は、ただただ用語を覚えるだけで

その背景にあるストーリーや先人の想いまでを理解していれば、もっと楽しく受験勉強に取り組むことができたのに、と今でも後悔している。

そして、正しい歴史認識を植え付ける教育を現在の日本に取り入れれば、もっと自国を愛し、自国のために働く若者が増えるのではないだろうか。

 

右でも左でもない。

 

現在の日本では、過去の敗戦から、「国のために」「日本のために」といった感情に対してアレルギー反応すら示す大人も少なくないが、

世界中見渡してみても、日本くらいしかそんな国はない。

その一方で、日本人が海外から評価されることを気にする一面もある。『海外の反応』などのサイトやバラエティ番組などの多さが物語っているだろう。

戦後70年経って、日本人は日本人としてのアイデンティティに揺れているのだ。

 

だから、『戦略戦争だったのか?』この点について考察することは、現在の日本人のルーツ、つまり、アレルギー反応を起こす原因となった出来事を目をつむらずに考えなければならないということだ。

 

では、過去の事実から、先の戦争について考えてみよう。

 

 

果たして、戦略戦争だったのか?

 

結論から言うと、「No」だ。

それは、連合国最高司令官マッカーサーが、米議会にて、「日本が戦争に突入したのは、主に自衛に迫られてのことだった」と証言しているのである。

敵国の最高司令官が、「侵略戦争ではない」とお墨付きをつけているのだ。

 

我々、日本人の歴史教育から学べることは、

日本の軍が暴走をし、ロシアに恨みをもち、日露戦争を起こし、中国を支配するために、自作自演で爆破をし、世界を征服するために無謀にもアメリカに喧嘩をふっかけたように記述されている。

 

しかし、戦争をしかけられたアメリカ側のトップが「自衛のため」と明言しているのだ。

   

 

なぜ自衛のために戦争をしたのか?

 

ここで、疑問に思う生徒諸君も多いだろう。

教科書では日本が戦争をふっかけたような記述となっているが、自衛のための戦争とはどういったものだったのか?

 

その理由は、米英中蘭のABCD包囲陣による、経済封鎖。

そして、当時輸入の8割以上をアメリカから占めていた石油の全面禁輸措置によって、日本の経済が立ち行かなくなったからと言われている。

 

何故、当時、アジアアフリカのほとんどの国がヨーロッパ・アメリカから奴隷的植民地支配を受けたいたのに、日本だけが

独立国として他国との関係を保っていたのか?それは日本が軍事力を備えていたから、というのが主な要因だ。

しかし、経済封鎖をされ、石油の輸入もできない、そんな状態ではわずか数か月で、日本の軍事力が衰退するのは自明の理だったわけだ。

 

そうなれば、どうなるか?他のアジア・アフリカ諸国と同じように奴隷的支配を受ける道筋を辿るしかない。

 

 

それは、遡って日露戦争の時も同じことが言える。

 

 

当時、ロシアは南下政策のもと、シベリアを渡り、「東の支配の地」ウラジオストックまで東に渡り、満州を征服しようとしていた。

日本としては、日清戦争にて、清国の属国であった満州を独立国たらしめたのに、ロシアの影響に心底苦しんでいたわけだ。

 

当時のヨーロッパの植民地政策と言ったら、決して人間的とは言えない。

 

現地の女性は路上だろうが、なんだろうが合法的に犯され、子ども作らされ、産まされ、合いの子を作らされた。

植民地支配に反対しようほどの賢い人間、反旗を翻そうとするような人間は両手首を切り落とされたのだ。

 

想像してみると恐ろしい。

 

自分のカミさんや娘が、外国人に犯され、自分の息子は両手首を切り落とされ

自分自身は何もすることができない。

 

そんな状態に陥ってしまうことが、容易に想像できる状況で、目と鼻の先である満州にまで侵略をしている外国人に対して、指をくわえて待っている人間がどこにいるだろうか?

いわば、玄関にまで強盗が押し寄せて、玄関をドンドン叩いている状態で、自分の家族を守り、強盗に対して武器を持って戦ったわけなのである。

 

 

そうして、ロシアとの戦争に勝利した日本なわけだが、

 

戦争をするために、多額な借金をしたわけだ。当時、高橋是清がヨーロッパを巡り国債を発行し、お金の借入をしたわけだが、借金返済が完了したのは、なんと昭和61年!

1986年のことなのだ。

戦争を経験していない世代?馬鹿言っちゃいけない。現在110歳の人が生まれた年の、日露戦争の借金を日本国民はつい30年前まで抱えていたのだ。

 

なぜ、そんな状況に陥ったかと言うと、日露戦争に勝利したものの賠償金を獲得できなかったからだ。

ここに日本が太平洋戦争に歩まざるを得なかった理由の1つが垣間見ることができる。

 

多少なりとも日本人の心の中には、軍を増長するような思い入れがあったと思うが、

苦しい思いをして自国を守り戦争に勝利するも他国のようにはその恩恵を受け入れることができない。極めつけは列強からの経済封鎖、石油禁輸による執拗なイジメ。

これが自分の国を守るための戦争で無ければ、「なんのための戦争」なのだろうか?

 

果たして、本当に侵略戦争だったのか?

真剣に考えてみて欲しい。

 

 

海外の反応から見る、侵略戦争か否かの判断

 

自国の歴史認識は、あくまで1つの視点によるものなので国内で議論をしても

賛成派 vs  反対派

の終わらぬ議論になり、状況は変わらないだろう。

 

そして、波風起こさぬ国民性か、長年の島国での生活が長かったためによる事なかれ主義なのか、

議論をそのままにして結論を出さない日本人に悪いところもあるだろう。

(ここで言う結論とは、歴史教育をどうしていくか?ということだ)

 

そこで、海外は日本の戦争に対してどう思っているのか?

そんな視点も知ることが大事であろう。

 

 

東南アジアの声

 

【タイ】ククリット・プラモード元首相

「日本のおかげでアジア諸国は全て独立しました。日本というお母さんは、難産して母体を損ないましたが、生まれた子供はすくすくと育っています。
今日、東南アジアの諸国民が、米英と対等に話ができるのは、一体誰のおかげであるのか、それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったからです。」(タイの新聞『サイアム・ラット紙』)

【マレーシア】ガザリー・シャフィー元外務大臣(ASEAN創設によりハマーシェルド賞受賞)

「(日本政治家の「大戦において貴国に対しご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」との挨拶に対して)日本はどんな悪いことをしたというのですか?
マレー半島で南下したときの日本軍はわずか3ヶ月でシンガポールを陥落させ、我々にはとてもかなわないと思っていたイギリスを屈服させました。
あの時は神の軍隊がやってきたと思いました。日本は敗れましたが、英軍は再び取り返すことができずマレーシアは独立したのです。」(1988/7/19 於・赤坂プリンスホテル)

【インドネシア】サンパス元復員軍人省長官

「特にインドネシアが感謝することは、戦争が終わってから日本軍人約1000人が帰国せずインドネシア国軍と共にオランダと戦い、独立に貢献してくれたことです。
日本の戦死者は、国軍墓地に祀り、功績を讃えて殊勲賞を贈っているが、それだけですむものではありません。」(1957年来日の際の発言)

【インド】グラバイ・デサイ弁護士会会長・法学博士

「インドは程なく独立する。その独立の契機を与えたのは日本である。インドの独立は日本のお陰で三十年早まった。これはインドだけではない。
インドネシア、ベトナムをはじめ東南アジア諸民族すべて共通である。インド4億の国民は深くこれを銘記している。」(1946年 デリーの軍事裁判に参考人として召還された藤原岩市F機関長に対する挨拶)

【ビルマ】バーモウ元首相

「歴史的に見るならば、日本ほどアジアを白人支配から離脱させることに貢献した国はない。
真実のビルマの独立宣言は1948年の1月4日ではなく、1943年8月1日に行われたのであって、真のビルマ解放者はアトリー率いる労働党政府ではなく、東条大将と大日本帝国政府であった。」(自伝『ビルマの夜明け』)

 

(参考)『アジアと日本の大東亜戦争』(日本を守る国民会議)、名越二荒之助著『世界から見た大東亜戦争』(展転社)

 

 

決してマスメディアは上記のような内容を声高に発信しないことが、私として悔しくてならない。

 

 

 

 

まとめ

 

私自身が、日本人であるため、日本依りの記事になっているが、それで結構だ。

日本という国に生まれ、日本人として育ち、日本人としてのアイデンティティを取り戻すためには私のような人間が変革を迫る他ないだろう。

 

正義の反対は悪ではなく、また別の正義

 

である以上、先の戦争は様々な捉え方がされてしまうが、子供達に

『日本は悪者だった』という一辺倒な教育はしないでほしい。心からそう願う。

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